2019年冬ドラマ

【3年A組】“物語”全てがフェイク_景山澪奈(上白石萌歌)は生きている…?

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3月3日放送分の9話で、柊(菅田将暉)の三回忌として教室に集まった生徒たちが物語の発端となった澪奈のことを偲び、ビデオを上映していました。

しかし、ちょっと待て…?

柊は余命宣告されていたし、だからこそあれほどの無茶をして3年A組の生徒らに命懸けの言葉を残していた…おそらく、その3回忌と言うのは本当でしょう。

しかし、ここに至るまで、澪奈の葬儀の模様は一切出てこず、遺族に関する情報もない。

あれほどの大騒ぎになったら、澪奈の実家も無事では済まなかったのでは…?と思うのですが、それはドラマの都合上の問題なのか、と、もやもやしたのです。

“景山澪奈”は___本当に亡くなっていたのでしょうか?

無音・モノクロ映像の柊

9話を見ていた人のすべてが唸っただろうシーンが、真相を話すと言った柊のモノクロームの無音の告白でしょう。

しかも口元に目が引き付けられる映像でありながら、スローモーションで素人には解析しづらいつくりになっていました。


ドラマも終盤、ここに至ってそれをやる?とイラっとしつつも、それを聴いて、それを見た生徒たちの鮮烈な反応は、きっとその“真相”があまりにも衝撃的だったからに他なりません。

その時に彼が何を言っていたか、放送直後から多くの人が解明を試みてきました。

そして放送翌朝には日テレの“ZIP”でもその口パクの予想をしており、そこでは「景山本人だ」と言っているのではないか?と放送されていたのです。

そして、確かにそれは“何となく”合っているのかもしれない、と思わせる流れでした。

しかしそこでも「犯人」、「殺された」という言葉を使い続ける柊には違和感がありました。

眼鏡のルール

柊が話している時に、眼鏡をかけているか、かけていないか。

第6話で彼が生徒らに投げかけた“信じる信じないゲーム”はぎりぎりの過酷な環境下で感覚を研ぎ澄まさせ、目の前の事象を注意深く突き詰めて考えさせるための大きなファクターでした。

さくら曰く。
柊が眼鏡をかけている時に話す言葉は真実。
眼鏡をかけていない時に語る言葉はフェイク。

それに気づいたとき、彼らには、それまでとは違う何かが見えてきたはずです。

さらにその後、第8話で“ぐーくるっぱ”で「一回踏みとどまって、頭の中を一回転させて考えて、正しい答えがわかる」というやり方を与えました。

考える=想像する。

今目に見えていることだけではなく、その事実の向こう側、さらにそのさきにある、例えばネットの向こう側に何があるのか?

何が起こるのか、安易にしたことが重大な結果を引き起こすことがあるのだということを、かみしめてこれから生きていけ、という、柊の命がけの教えなのではないでしょうか。

そんな柊が“真相”を話していた時、彼は眼鏡をかけていました。

その唇が何を語ったのか、解明される時が待たれます。

柊の言う「死」の意味

人はその肉体的な「生死」とともに、社会的にも「生死」があります。


つまり、その人は生きていても、澪奈や文香のようにあらぬ疑いで人生を踏みにじられ、生きるすべを断ち切られる、それは最早「死」そのものではないでしょうか?

今回、柊が武智(田辺誠一)に対してしかけたことは、そのまま彼のこれまでの人生を叩き潰し、信用も何もかもすべてを打ち砕いたと言っても良いでしょう。

ただ、それは過去に武智が他者に対してしてきたことが、そのまま返ってきただけなのですが…それでも、フェイク動画を拡散したことは犯罪です。

それを承知の上で柊が実行したのは、余命いくばくもない自らにしかできないことだったから、でしょう。

それをやったら、やった側が社会的に葬られることになるのは確実だからです。

柊は、これ以上武智らの犠牲者が出ないよう、ぎりぎりの決断でネット社会に戦いを挑んだのではないかと考えます。

だとしたら。

“澪奈”の存在は、まだ何某かの可能性を秘めているのではないでしょうか?

柊が言う「想像力」とは

3月1日以前の生徒らは、良くも悪くも今どきの高校生でした。

しかし彼らは澪奈の身に起こったことを承知の上で、後ろめたさを感じながらもどこか他人事として通り過ぎていこうとしていたのです。

しかし、武智がやったこと、そして澪奈や文香の身に起きた悲劇(社会的抹殺)は、彼らのどの身の上に降りかかってもおかしくない状況でした。

それを、柊は解らせたかったのです。

深く考えることもせず、安易にしたことがどれほどの重みをもって誰かを潰すことになるか。

そんな犠牲の上に立った人生は幸福なものなのか?

ちょっと考えれば解りそうなことにも蓋をして通り過ぎていこうとする彼らの未来に、柊は暗澹たる気持ちを抱えていたのではないでしょうか。

ただ語っただけでは、彼らの心には届かない。
絶対に。

だからこその強硬手段、人生をかけた“俺の授業”だったのでしょう。



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さくらと澪奈

武智(田辺誠一)を陥れるために作られたフェイク映像に澪奈として映っていたのは、実はさくらではないか?

その疑問はいろいろと検証されてきましたが、本当の答えはまだ解明されていません。

しかし、気になるところがいくつかありました。

教室での異分子

さくらは、事件の前からも教室の中で微妙な立場でした。

真面目な優等生で学級委員。

しかし、澪奈のイジメが始まってからは澪奈とそれ以外の全員との間の板挟みになってしまい、澪奈の“死”後は教室の中でも異分子のような、腫れもの扱いになっていたように見受けられます。

それ以降は大学受験などもあり、みなそれどころではなくなっていた、ということなのかもしれませんが。

さくらの“心の拠り所”であった親友・澪奈がいなくなって、柊はそれなりにさくらのことを気遣っている様子がみうけられました。

そして、内通者となった逢沢ほどでなくても、彼女は柊と共有する“想い”を抱えていたはずです。

だからこそ、武智をはめるためのフェイク動画とはしらずとも、あのビルに入っていく姿を残し、柊には何某かの協力をしていたのではないでしょうか。

その覚えがあるからこそ、あの武智用のフェイク動画が見つかった時には本気で驚き、クラス中がその解析に夢中になっている時にひっそりと気配を消すように座っていたのです。

「私が殺した」

澪奈は、自分がそれほど強い人間ではない、と自覚していました。

しかしさくらを含めて、周囲はみな彼女を“特別”扱いしていましたよね。

でもそんな辛さ、理解されない孤独を、澪奈は柊にだけは吐露していました。

それは文香のことを含めて、信頼できる唯一の大人だと柊を信頼したから、かもしれません。

さくらがこぼした「私が殺した」という言葉は、そんな澪奈に無自覚に言った言葉が、ぎりぎりのところにいた澪奈を突き放してしまった、という意味だったのではないかと思いました。


ただし、それは本当の“死”だったのか。

それとも社会的な“死”から彼女を守れなかったことに対する後悔の言葉だったのか___本当の意味はおそらく最期に明かされるものと思われます。

さくら=澪奈?

3月7日は、朝から番宣で菅田将暉さんと永野芽郁さんが「ZIP」や「スッキリ」などに出演していました。

そこで語られる小さな情報を漏らさないように、と慎重に見ていたのですが、残念ながら公的なものは既出の推測や憶測がほとんど。


しかし、菅田さんが柊の鬼気迫る状況を演じるために体を絞っていったというのはなんとなく予想していたことでしたが。永野さん曰く「あの魂の授業はアドリブだった」ということはやっぱり衝撃的。


そんなことを話しながら屈託なく笑う永野芽郁さんの髪型を見てはっとしました。

何も関係なかったら、ゴメンナサイ。

ドラマの作中ではきれいに内巻きになっていたボブの毛先が、可愛らしく外ハネのカールになっていたのです。

「あ、澪奈がいる?!」と思ってしまうほどに。

これって、あの動画の中の澪奈=さくらのヒントだったのでは?と思わず深読みしてしまったのです。



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希望の光

もしかして___澪奈は飛び降りたのだとしても、命を取り留めて、家族に守られながら、どこかでひっそりと生きているのでは?
相楽が家の奥深くに隠してきた文香は、そのことを暗示する存在だったのでは?

柊は、だからこそ同じことが繰り返されないように生徒らに対して啓蒙し、ネットの向こう側にいる不特定多数の人々にも警告を発したのではないか。

もしそうであれば、9話冒頭の柊を偲ぶ三回忌のシーンで皆が穏やかな表情で澪奈の動画を見るシーンにも、また、そこに澪奈の遺影などがないことにも納得できるような気がするのです。

澪奈の払った”犠牲”が、決して無駄ではなかったと思いたい。

ここまで全力で駆け抜けた物語の先にある光が、澪奈にも降り注いでいて欲しい。

あの3月9日。
さくらが教室に現れたとき。

その背後に、たとえば車椅子でも、澪奈が笑って現れてくれたら…と妄想して、そうあってくれたらいいなぁ、と願ってしまうのです。



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